自分の自惚れに気づき、もっと勉強したい、役に立ちたい・・・それが看護師になるきっかけ

助産師 丸山莉沙

私は子どもの頃から、人との関わりの中で様々な疑問を抱き深く考えてしまうところがあります。その答えを見つけたくなり、たくさんの本を読んでいるうちに、看護の本に巡り合いました。また、高校時代の先生から問いかけられた「死ぬとは何か、生きるとは何か」といったことを考えるようになり始めた頃、ボランティアを始めましたが、相手の気持ちを理解することができていないことを知りました。自分の興味・関心や共感は役に立っていないことに気づきました。ボランティアを通じて、自分が良かれと思ってしたことで相手を傷つける経験もしました。それは自惚れであって役立っていないことも。自分が関わった人に役に立てるようになりたいと強く思うようになりました。その頃読んでいた本が緩和ケアのものも多く、看護師になる道を選びました。もっと勉強したい、もっと教えてもらいたい、そして、もっと役に立ちたい・・・そんな気持ちが看護師になるきっかけでした。

一緒にいる時間を共有している、誰かがそばにいるという感覚の中で喜びを感じる看護の仕事

助産師になって一般病棟で働き、終末期看護に関わりました。初めの頃は、「患者さんにこうなってほしい、こうなったらいいのになあ」と思っていました。それは、独り善がりであることに気づきました。患者さんから温かい言葉をもらい、看護師として命の現場にいることに感謝し、患者さんのそばで看護ができることそのものが有難いことだと思うようになりました。だから、患者さんが求めていることを返せるように勉強していました。患者さんが幸せを感じてくれたら、私も幸せを感じることができるという想いをいつしか自然に抱くようになりました。3年目に、助産師として異動をすることになりました。赤ちゃんが生まれることと人が亡くなることはその感覚は似ているのではないかという問いが浮かんだことが、助産を学ぶきっかけとなりました。それは今でもそう思うことがあります。私を支えてくれた先輩や同僚は「頑張れ、頑張れ」と異動をする私を励ましてくれました。助産師として仕事をしても、やはり、その場で一緒にいることに感謝する気持ちになりました。赤ちゃんは意見を言わないので、一緒にいさせてもらう、時間を共有している、誰かがそばにいてくれるという感覚の中で看護という仕事をすることに喜びを感じています。

助けられながらここまで来たので、私も知識・経験を提供して後輩たちの成長に貢献したい

私たち看護師・助産師はややもすれば、つい答えを聞くことに急いだり、結果を求めがちなところがあると思います。もちろん、私も含めてです。相手がどう思っているのかということを推測しながら考えていくのですが、その前に一緒にいてくれるだけで有難いという気持ちで看護をすること、そして、こちらの想いが相手に伝わらなくても、そんな温かい気持ちになって看護ができることに感謝することが大切だと考えています。例えば、ハイリスクの状態でいる赤ちゃんがいて、「この子はどんな風に成長するんだろう」と思いながら、抱っこして可愛いと思い、「可愛い、可愛い」と言いながら、生まれてきてよかったと私が思ったとしても、その時にこちらの想いは伝わっていないと思います。やがて、10年、20年と経ち、私の想いにに気づいてくれるかもしれないし、気づかないかもしれません。生まれた時に、温かい気持ちにさせてもらえたということが大切であり、その経験が有難いと思うのです。私も、中堅の助産師になり、後輩たちがいろいろと耳を傾けてくれるようになりました。それぞれ目指す看護は違うかもしれないけれど、私の知識、経験、材料を提供して、後輩たちの成長に貢献したいと思っています。私自身、患者さん、先輩や同僚たちに助けられてここまでやって来れたので、後輩たちの力になりたいと思います。